こんな内容について語っています
- 傾聴・質問・助言のバランスが崩れると、なぜ相手は行動してくれないのか
- 年収1億円だった時より、年収ゼロになった時の方が幸せだった、その理由
- 「認める」でも「受け入れる」でもなく、「許す」という言葉が生まれた背景
- 吃音症という「弱み」の裏側に隠れていた、自己受容という気づき
- アファメーション(自己暗示)が苦手な人にこそ効く、自己受容からのアプローチ
内容(全文)
遠藤隆弘 × 石上峻
コミュニケーションの基本は、「傾聴」と「質問」ですよね。質問は本当に重要です。そしてその後に「助言」が来ます。
この三つをいかにバランス良く活用していくかが必要なのですが、ここを学ばないと、どうしても自分の世界観に基づく助言だけで進めようとしてしまいます。相手の状況を確認せずに次々と助言してしまうため、相手の望む未来と重ならず、結果として相手の行動に繋がりません。
「なぜ行動しないんだ」と思うかもしれませんが、それは相手の未来に合わせて助言をしていないからです。傾聴・質問・助言のバランスをしっかり学ぶ必要がありますね。
純粋にお話を伺っていて気になったことがあります。
遠藤さんが「自己受容」という概念を言語化し、ご自身のものとされるまでの過程についてです。自己肯定や「自分を好きになろう」といった言葉はよく耳にしますが、「自己受容」という言葉は私にとって新鮮でした。この概念に気づいた瞬間、あるいは「これだ」と確信したきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
シンプルにお答えすると、年収が1億円だった時よりも、年収がゼロ円になった時の方が幸せを感じたからです。
その瞬間、「これだ」と確信しました。それまで人生の目的を「お金」に設定し、年収1億円まで到達しました。もちろん、それなりの幸せはありました。物質的には豊かになりますし、買い物の際に値札を見ることもありませんでした。
しかし、前の妻と離婚したり、部下と衝突したりと、人間関係における幸せはそれほど多く感じられない人生でした。
その後、収入がゼロになり、自殺を考えるほど追い詰められました。そこから、「もう一度生きてみよう」とわずかな光を見出した時に、「では、何から始めればいいのか」と考えました。そこで、まずは「こんな自分から許していかないと生きていけない」と気づいたのです。
世間ではよく「認めましょう」「受け入れましょう」と言われますよね。
はい、よく聞きますね。
しかし、「認める」と言われても、例えば私の場合は吃音症があるのですが、そういった部分や自分のできていないところを認めるのは、精神的に負担が大きいと感じました。「受け入れる」というのも同様です。
私自身は、さまざまな経験を経て「認める」ということの本当の意味を理解できたのですが、それを他者に伝えても、なかなか受け止めてもらえないことがありました。「認める」という言葉では伝わりにくいのだなと感じた時に、「許す」という言葉が出てきました。
この「許す」という表現は、皆さんにすんなりと受け入れられました。「まずは許すところから始めるんだな」と理解していただけたので、私はそれを「自己受容」と呼ぶようになりました。
人間は生きていく中で、どうしても自己否定が生じてしまいます。だからこそ、「自分を否定している、そんな自分でもいい」と許すところから始めることで、非常に楽になった自分がいました。
そして、年収が1億円の時よりもゼロ円の時の方が、少し幸せを感じるようになったのです。「ちょっと待って、お金と幸せはイコールではないのか?」と驚きました。
そこから、自分の中のさまざまなものを許し始めました。すると、もっと幸せを感じるようになりました。
「年収ゼロなのに、何かを得たわけでもないのに、こんなにも幸せを感じるなんてすごい」と実感したのが、自己受容のスタートでした。
年収1億円に到達すること自体が稀ですし、そこからゼロになるという経験もなかなかないですよね。会社が倒産するなど様々な事情があるにせよ、いきなりゼロの状態になるのは、普通では考えられない振り幅です。
私の性質として、「これだ」と決めたら一直線に突き詰めていく性格なのです。お金から離れ、人生の目的を「幸せ」と定めた後は、心理学など様々な分野を学び始めました。
一直線に向かっていくのは私の長所でもありますが、同時に短所でもあります。ただ、自分がこの世界をどう捉えているか、どのような気質を持っているか、そしてそれをどう活用していくか。その鍵は「自己受容」にあると考えています。
自己受容をしっかり築けば、自己理解が深まります。自己理解が深まれば、「自分はこういう視点で世界を見ているのだから、これをうまく活用してマネタイズしよう」とか、「人に喜んでもらうために活かそう」と考えられるようになります。すべての土台は自己受容ですね。
そして、この気づきは、吃音症をはじめとする自分の「弱み」のおかげでもあります。これをご覧になっている皆様にも、必ず弱みがあるはずです。弱みは決して恥ずかしいことではなく、その裏側には必ず「ギフト(贈り物)」が隠されています。そこに目を向けられるかどうかが重要であり、それが人間の使命なのかもしれません。
「自己肯定」や「自分を好きになる」という方法でうまくいく人も世の中にはたくさんいると思いますし、それは素晴らしいことだと思います。
ただ、私個人の話をすると、自己暗示的な「アファメーション(肯定的な自己宣言)」が非常に苦手なのです。言葉を選ばずに言えば、そういったことをしていると違和感を覚えてしまいます。
本心ではそう思っていないことを、無理に思い込もうとする側面があるからですよね。
はい。もちろんそれが必要な場面もあるとは思います。しかし、自己受容のように、まず自分を許すことから始める、あるいは「今の自分であること」を理解するところから始めるほうが、より現実的で人間らしいと感じています。
そうしたプロセスを経て、過去の自分の背景や失敗が見えた時に、私は初めて、失敗や後悔がたくさんあった自分の人生そのものを「本当に好きになれた」と感じました。とても実感の伴うプロセスだと思います。
「傾聴・質問・助言」のバランスを整えるところから、リーダーシップは変わります。
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